「言語ジャック - 新幹線・車内案内」四元康祐



今日も新幹線をご利用くださいまして、

どうも感情面をご理解いただけなくて、


有り難うございます。

情けのうございます。


この電車は、のぞみ号・東京行きです。

このままでは、わたしたち絶望的です。


途中の停車駅は

夢中の迷走劇は


京都、名古屋、新横浜、品川です。

焦土、アロマ、新人類、ホームレス。


つづいて車内のご案内をいたします。

欝にて家内もたまんないと申します。


自由車は一号車、二号車、三号車です。

至上主義は今豪奢、記号化最優先です。


自由席の禁煙車は一号車、二号車です。

日常性の検閲者は葡萄酒に酔いしれず、


禁煙車両では、

先端医療では、


デッキのお煙草もご遠慮ください。

にっちもさっちも埒があかない。


車両販売は、お食事とお飲物などをご用意いたしまして、

無病息災は願うべくもなく古今集など朗詠いたしまして、


後ほどお席までお伺い致します。

東風吹かば匂いおこせよ梅の花。


どうぞご利用ください。

儲かりまっか大川総裁。


車両室は十号車です。

理想の死はサドンデス。


携帯電話のご使用についてお願いいたします。

身体髪膚これを父母に受く母肺癌父前立腺癌。


車内ではあらかじめマナーモードに切り替えるなど、

騒いでは羽交い締めサマースーツを脱ぎ捨てるなり、


まわりのお客様のご迷惑とならないように、

まわりのお客様のご冥福をお祈りしながら、


ご協力をお願いいたします。

自爆装置のスイッチ押す私。







「森の奥」 ジュール・シュペルヴィエル



昼も小暗い森の奥の

大木を斬り倒す。

横たわる幹の傍

垂直な空虚が

円柱の形に残り

わなないて立つ。


聳え立つこの思い出の高いあたり

探せ、小鳥らよ、探せ、

そのわななきの止まぬ間に

かつての君らの巣であった場所を。





「秘められた海」 ジュール・シュペルヴィエル



だれにも見られていないとき、

海はもう海ではなくなる。

海は、だれにも見られていないときの

ぼくらのようになる。

その海には別の魚たちが泳ぎ回り、

別の波もまたうちよせる。

それは海のための海

そして、ここでぼくがしているように

海を夢見る者たちの海だ。






「こちら側と向こう側」川崎洋

柵っていったい何ですか
柵のこちら側と向こう側だなんて
ああ可笑しい
棒杭の一本一本に
どんな意味があるんですか
並べて土に打ち込めばいいと思ってる
そうすりや
つながったような感じがするんですか
どうかしてやしませんか
何かのおまじないですか
柵って何ですか
柵のこちら側と向こう側だなんて
元来すうっと歩いていけばそれでいいのに
どうってこともないのに
柵だなんて
そればかりじゃない
柵のこちら側では喜びが
向こう側では悲しみだなんて
すうっと歩いていけば
ただそれだけの話だったのに
柵があって
向こう側へ行けば殺されてしまう
なんて
柵ってなんですか
こちら側から向こう側へ行けないなんて
そこの所でこちら側へ廻れ右
向こう側も
こちらを向いて歩いてきて
そこの所で
くるりと向こうを向く
しょうがないなあなんていいながら
柵ってなんですか
草や木が生えているのっぺらの大地に
そいつがあって それで
こっち側と向こう側
だなんて
棒杭が並んでいて
それに針金が絡まっていて
同じ位無造作に
死体が絡まっていて
向こう側とこっち側
向こうで
出ていけ

こっちでは
やあいらっしゃい
だなんて
柵っていったい何ですか
柵のこちら側と向こう側だなんて


「落ちこぼれ」 茨木のり子

落ちこぼれ

和菓子の名につけたいようなやさしさ


落ちこぼれ

今は自嘲や出来そこないの謂


落ちこぼれないための

ばかばかしくも切ない修業


落ちこぼれこそ

魅力も風合いも薫るのに


落ちこぼれの実

いっぱい包容できるのが豊かな大地


それならお前が落ちこぼれろ

はい 女としてとっくに落ちこぼれ


落ちこぼれずに旨げに成って

むざむざ食われてなるものか


落ちこぼれ

結果ではなく


落ちこぼれ

華々しい意思であれ





「夕焼け」吉野弘


いつものことだが
電車は満員だった。

そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。

うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。

そそくさととしよりがすわった。
礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
娘はすわった。

別のとしよりが娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。

しかし
また立って
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘はすわった。

二度あることは と言うとおり
別のとしよりが娘の前に
押し出された。

かわいそうに
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。

次の駅も
次の駅も
下唇をキュッとかんで
からだをこわばらせて――。

ぼくは電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。

やさしい心の持ち主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。

なぜって
やさしい心の持ち主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。

やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。

下唇をかんで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。





「金銭考」谷川俊太郎



1メートルは無色透明

1グラムだって清らかな白


でも1エンとなるとそうはいかない


数字が色めき色気付き

世界中を飛び回る


軽い小さい丸いアルミは何の種?


集まって

貪欲の根無し草をはびこらせる

だが貨幣はもはや

財布の中に住んではいない


見えない電子の網と化して

地球をまるごと捕まえる

ことお金に関してだけは

人類は皆兄弟


麻薬の売り買い武器の売り買い

賭博に贈賄収賄と

ユーロもドルも元もウォンも

喧嘩しながら仲良しだ


点滅する数字信じて

膨らみ続ける欲望信じて

千円札の定価は千円

だが原価はもちろんはるかに安い


千円札も万札も

ときには偉い人の顔に泥を塗るが

ときにはタダで手放して

お金を気持ちに変えたりもする


良かれ悪しかれお金は自分

お金はまるで人間そのもの





「シャガールと木の葉」谷川俊太郎


貯金はたいて買ったシャガールのリトの横に
道で拾ったクヌギの葉を並べてみた

値段があるものと
値段をつけられぬもの

ヒトの心と手が生み出したものと
自然が生み出したもの

シャガールは美しい
クヌギの葉も美しい

立ち上がり紅茶をいれる
テーブルに落ちるやわらかな午後の日差し

シャガールを見つめていると
あのひととの日々がよみがえる

クヌギの葉を見つめると
この繊細さを創ったものを思う

一枚の本の葉とシャガール
どちらもかけがえのない大切なもの

流れていたラヴェルのピアノの音がたかまる
今日が永遠とひとつになる

窓のむこうの青空にこころとからだが溶けていく
……この涙はどこからきたのだろう





「アクシデンタル・ツーリスト」友部正人


バスを待っているとき

ぼくには本はいらない

君がいるから


バスを待っているとき

ぼくにはウォークマンはいらない

君がいるから


バスを待っているとき

ぼくには新聞はいらない

君がいるから


バスを待っているとき

ぼくには何もいらない

君がいるから


バスを待っているとき

ぼくはいらいらなんてしない

君がいるから


バスを待っているとき

ぼくはいらいらなんてしない

君がいらいらしはじめるまで


他の人は本を読んだり

ウォークマンを聞いたり

新聞を読んだり

よそ見をしたり

いらいらして何度も時計を見たり


バスはなかなか来ない

たぶん行ったばかりだったんだ

君は最近読んだ本の話をしてくれる

アクシデンタル・ツーリストという題だ

君は毎日たくさんの本を読む

その話をぼくは耳で聞く

ぼくにとって君は

世界中の興味深い物語の作者のようなもの

日暮れのセントラルパーク・ウエストでバスを待っている

そのほんの二十分ぐらいのあいだ

「紙風船」黒田三郎



落ちてきたら

今度は

もっと高く

何度でも

打ち上げよう


美しい

願いごとのように




「自分の感受性くらい」 茨城のり子


ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ




「劣等生」 ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)



あたまは「いやだ」と横にふり

心のなかで「いいよ」という

愛するものに「いいよ」といい

教授先生には「いやだ」という

起立して

質問されて

問題がすっかり出そろうと

いきなりげらげら笑いだし

何もかも消す 何もかも

数字も ことばも

年月日も 名前も

文章も 罠も

先生はとびきり渋い顔

優等生は囃(はや)したてるけれど

いろんな色のチョークをとって

ふしあわせの黒板に

しあわせの貌(かたち)をえがく。






「花屋で」ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)



一人の男が花屋に入り

花をえらぶ

花屋のおばさんは花を包む

男はポケットに手をつっこんで

金を探す

花の代金を

だがそれと同時に

とつぜん

男は胸に手をあてて

倒れる

倒れると同時に

金は地面をころがる

そして花束は落ちる

男が倒れるのと同時に

金がころがるのと同時に

花屋のおばさんは突っ立ったままだ

金はころがり

花は駄目になり

男は死ぬ

もちろんこれはたいそう悲しいことだ

なんとかしなければいけない

花屋のおばさんは

けれどもどこから手をつけたらいいのかわからない

どこが糸口なのか

さっぱりわからない

しなければいけないことは多すぎるのだ

この死んでゆく男

この駄目になった花

この金

ころがる金

ころがりつづける金。






「みじかい恋の長い唄 」 寺山修司



この世で一番みじかい愛の詩は

「愛」

と一字書くだけです

この世で一番ながい愛の詩は

同じ字を百万回書くことです

書き終らないうちに年老いてしまったとしても

それは詩のせいじゃありません

人生はいつでも

詩より少しみじかいのですから





「詩の好きな人もいる」ヴィスワヴァ・シンボルスカ(Wisława Szymborska)


何人かの人々が――
つまりすべてではない
大多数ではなく少数の人々
詩を必須科目の一つとして学ばなくてはならない学生時代は別として
詩人もまた数には入れられないのだが
詩を好きだというのは 多分千人に二人位のもの

詩を好きな人々――
しかしマカロニ入りの鶏がらスープだって好きだろうし
お世辞をいったりいわれたり ありふれたブルーの色も好き
使いふるしたマフラーも
自己主張が強かったり
犬を撫でるのなんかも好きだ

詩とは――
ただ詩とは何なのか
この問いに対し
すでに多くの納得のいかない答がなされてきた
だが、私は依然として解答を出すことができず
それが救いの手すりででもあるかのように
ずっと握りしめている





「夜のミッキーマウス」谷川俊太郎



夜のミッキー・マウスは

昼間より難解だ

むしろおずおずとトーストをかじり

地下の水路を散策する


けれどいつの日か

彼もこの世の見せる

陽気なほほえみから逃れて

真実の鼠に戻るだろう


それが苦しいことか

喜ばしいことか

知るすべはない

彼はしぶしぶ出発する


理想のエダムチーズの幻影に惑わされ

四丁目から南大通りへ

やがてはホーチーミン市の路地へと

子孫をふりまきながら歩いて行き


ついには不死のイメージを獲得する

その原型はすでに

古今東西の猫の網膜に

3Dで圧縮記録されていたのだが







「朝の食事」ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)



茶碗に

コーヒーをついだ

茶碗のコーヒーに

ミルクをいれた

ミルク・コーヒーに

砂糖をいれた

小さなスプンで

かきまわした

ミルク・コーヒーを飲んだ

それから茶碗をおいた

私にはなんにも言わなかった

タバコに

火をつけた

けむりで

環をつくった

灰皿に

灰をおとした

私にはなんにも言わなかった

私の方を見なかった

立ちあがった

帽子をあたまに

かぶった

雨ふりだったから

レインコートを

身につけた

それから雨のなかを

出かけていった

なんにも言わなかった

私の方を見なかった

それから私は

私はあたまをかかえた

それから泣いた。








「家族の唄」ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)



おふくろが編物をする

息子が戦争をする

これは当然のこと とおふくろは思う

それならおやじ おやじは何をする

おやじは事業をする

家内は編物

息子は戦争

わしは事業

これは当然のこと とおやじは思う

それなら息子 それなら息子は

どう思う 息子は

息子はなんとも思わない 何とも

おふくろは編物 親父は事業 ぼくは戦争

戦争が終ったら

おやじと二人で事業をするだろう

戦争がつづく おふくろがつづく 編物をする

おやじがつづく 事業をする

息子が戦死する 息子はつづかない

おやじとおふくろが墓参りをする

これは当然のこと とおやじとおふくろは思う

生活がつづく 編物と戦争と事業の生活

事業と事業と事業の生活

生活とお墓が。






「キラキラヒカル」入沢康夫




キラキラヒカルサイフヲダシテキ
ラキラヒカルサカナヲカツタキラ
キラヒカルオンナモカツタキラキ
ラヒカルサカナヲカツテキラキラ
ヒカルオナベニイレテキラキラヒ
カルオンナガモツテキラキラヒカ
ルオナベノサカナキラキラヒカル
オツリノオカネキラキラヒカルオ
ンナトフタリキラキラヒカルサカ
ナヲモツテキラキラヒカルオカネ
ヲモツテキラキラヒカルヨミチヲ
カエルキラキラヒカルホシゾラダ
ツタキラキラヒカルナミダヲダシ
テキラキラヒカルオンナガナイタ




「鳥の肖像を描くには - 原文」ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)



「 Pour faire le portrait d'un oiseau 」


Peindre d'abord une cage
avec une porte ouverte
peindre ensuite
quelque chose de joli
quelque chose de simple
quelque chose de beau
quelque chose d'utile
pour l'oiseau
placer ensuite la toile contre un arbre
dans un jardin
dans un bois
ou dans une forêt
se cacher derrière l'arbre
sans rien dire
sans bouger...
Parfois l'oiseau arrive vite
mais il peut aussi bien mettre de longues années
avant de se décider
Ne pas se décourager
attendre
attendre s'il faut pendant des années
la vitesse ou la lenteur de l'arrivée de l'oiseau
n'ayant aucun rapport
avec la réussite du tableau
Quand l'oiseau arrive
s'il arrive
observer le plus profond silence
attendre que l'oiseau entre dans la cage
et quand il est entré
fermer doucement la porte avec le pinceau
puis
effacer un à un tous les barreaux
en ayant soin de ne toucher aucune des plumes de l'oiseau
Faire ensuite le portrait de l'arbre
en choisissant la plus belle de ses branches
pour l'oiseau
peindre aussi le vert feuillage et la fraîcheur du vent
la poussière du soleil
et le bruit des bêtes de l'herbe dans la chaleur de l'été
et puis attendre que l'oiseau se décide à chanter
Si l'oiseau ne chante pas
c'est mauvais signe
signe que le tableau est mauvais
mais s'il chante c'est bon signe
signe que vous pouvez signer
Alors vous arrachez tout doucement
une des plumes de l'oiseau
et vous écrivez votre nom dans un coin du tableau.